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福島地方裁判所会津若松支部 昭和50年(わ)30号 判決 1975年8月27日

主文

被告人を懲役一五年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

領置してある軽四輪自動車一台(八福島こ二四―四八)

(昭和五〇年会津若松領第四七号符号二三)は没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(被告人の経歴、本件犯行に至る経緯)

被告人は、父鈴木浅太郎、母同ヤイの二男として昭和一二年福島県喜多方市に出生し、昭和二八年三月同市立第一中学校を卒業した後父の経営する同市所在の第二吉川精肉店を手伝つていたところ、昭和四七年四月妻繁子と結婚し同市内にアパートを借り夫婦とも右父の店に通勤するようになつたが、妻と母、兄嫁との折合が悪くなり、このことが、被告人夫婦の仲にも影響しそうになつたため同年六月末に妻と共に同県会津若松市にアパートを借りて独立し、同市神指町大字南四合字歳の神四九一番地所在の会津若松市営食肉センター(以下単に「食肉センター」という。)敷地内にある有限会社早尾畜産神指営業所(以下単に「神指営業所」という。)に、繁子は、同市所在のリズム時計株式会社に工員として、それぞれ勤務するようになり、昭和四八年一月には長子美和子をもうけ夫婦仲もよく円満な家庭生活を送つていた。

被告人は、本件犯行当時右会社においては神指営業所枝肉解体処理係主任として部下二、三名を有する地位にあり、勤務成績も良好であつたが、従前より賭博が好きで昭和四九年二月ころから食肉センター従業員の松本政雄(大正一三年五月一〇日生)らとともにしばしば同センター休憩室で花札賭博をやつていたところ、昭和五〇年二月二五日午後五時四〇分ころから前記休憩室において右松本と一回一、〇〇〇円乃至四、〇〇〇円を賭して花札賭博(いわゆるオイチョカブ)を始め、被告人が途中二回程松本が札をごまかす等の不正を行つたとして、同人を咎めたことから、同人との間に口論があつたが、被告人は、不正の現場を直接見たことはなくしいて争えば松本が勝負を中止し負け分を取り戻せなくなることをおそれてそのまま勝負を続けたが、翌二六日午前二時五〇分ころまでに当夜行われる無尽の掛金一〇、〇〇〇円を含む所持金六四、〇〇〇円全部を松本に取られ勝負は終了した。

被告人は、右無尽の掛金一〇、〇〇〇円がどうしても必要なところからその場で右松本に一〇、〇〇〇円の借用方を再三申入れたが、同人に拒絶されたため一度は諦め帰宅すべく神指営業所南側に駐車してあつた自己の軽四輪自動車(八福島こ二四―四八号)(昭和五〇年会津若松領第四七号符号二三)を発進させようとしたが積雪のためスリツプし発進できなかつたため右営業所南側ホーム上に壁に立てかけてあつたスコツプ一丁(昭和五〇年押第一五号の八)で除雪し始めた。

(罪となるべき事実)

第一、被告人は除雪しながらも長時間に亘る勝負の興奮がさめやらず所持金六四、〇〇〇円全部を取られ悔しかつたこと、松本が不正をして勝つたにもかゝわらず無尽の掛金一〇、〇〇〇円を貸与しないこと等を考えると不愉快になり、折から食肉センターと右営業所との間の広場中央付近で帰宅すべく自動二輪車(会津若松市ち二五三五号)のエンジンをかけていた松本に右スコツプを後に隠したまゝ近づき右自動二輪車をはさんで約一・五メートルのところで再度同人に対し一〇、〇〇〇円の貸与を懇請したが口論となり同人に「いかさまをやつたと言われてはなおさら貸すわけにはいかない。」と拒絶されてしまつた。

このため、被告人(身長一七二センチメートル)は激昂し、この上は同人を殺害して金員を強取しようと決意し、同日午前三時過ぎころいきなり隠し持つていた右スコツプの取手を左手で、柄を利手の右手で掴み金属製のスコツプ裏面(凸面)部分で松本(身長一五九センチメートル体重四九キログラム)の顔面を横殴りに一回強打し右自動二輪車もろとも同人をその場に転倒させ更に同人の首筋付近を数回右スコツプで殴打し、第三者による右犯行の発見を避けるべく点灯されていた右自動二輪車のライトを右スコツプの取手で殴つて破壊したうえ、一旦は同人を同所から北西約一八メートルにある古井戸に捨てるべく仰向けの同人の胴付近に両手を入れ右井戸の傍まで引きづつて行き、同人の死を確実にするため食肉センター休憩室入口付近にかけてあつた長さ約一メートルのロープ一本(同号の二)を持参して来て同人に馬乗りとなり首にロープを一回巻きつけ強く絞めたところ同人の口から血等が出てきたので同人の左手袋一個(同号の四)を口に押込み、倒れてぐつたりしている同人のアノラツクのポケツトから現金八七、〇〇〇円を強取した後再び同人に馬乗りとなり同人の首をおこし右ロープをもう一回巻きつけ強く絞めた後男結びするという暴行を加え、よつてそのころ同所において同人を絞首による窒息死させて殺害したものである。

第二、右松本の死体処理に窮した被告人は、同日午前五時過ぎころ右死体を前記軽四輪自動車助手席に積載して同車を運転して同所から約一六キロメートル離れた福島県河沼郡会津坂下町大字青木字中川原二八番地の一と同県耶麻郡塩川町大字会知字東中川原二三八七番地とに架設してある会青橋上まで運び同所から橋下の阿賀川に投棄し、もつて死体を遺棄したものである。

(証拠の標目)(省略)

(被告人の強盗殺人の故意の認定について)

被告人及び弁護人は、いずれも被告人は松本政雄をスコツプで殴つた時点では殺意はなく、従つて松本を殺害し金員を強取する意思もなかつたが、ロープを同人の首に巻きつける際には同人が既に死亡していたかどうかは分らないが、仮に死亡していなかつたとしても、その際はじめて同人を殺害し、金員を強取しようとの意思が生じたものであると主張する。

被告人は、右故意につき司法警察員及び検察官に対する各供述調書において種々供述しているが、司法警察員に対する昭和五〇年三月二一日付(番号八八丁裏、同八九丁表)、同月二三日付(番号一一六丁)同月二四日付(三二五丁表)及び検察官に対する同月二八日付(二丁表)、同月三〇日付(五丁)各供述調書においていずれもスコツプで松本を殴る際既に殺意を有していた旨供述している。

被告人及び弁護人は、いずれも右各供述調書の任意性を争つていないが、被告人は、当公判廷において、検察官に対する右三月二八日付の供述につき、「長期間の取調べで精神的に疲労困憊し、しかも自暴自棄になつていたため、真実に反して供述したものである。」との趣旨の供述をし、弁護人も同趣旨の主張をする。

そこで、以下前記被告人の各供述調書の信憑性につき検討する。

(一)1.被告人は判示認定のとおり長時間に亘る賭博に敗れ六四、〇〇〇円の所持金全部を松本にとられ悔しかつたこと、松本に無尽の掛金一〇、〇〇〇円の貸与を申入れたが口論となり結局拒否されたこと等により松本をスコツプで殴打する直前精神的に激昂していたこと。

2.被告人が、本件犯行の直前松本に近づいた時点で被告人の供述どおり松本をスコツプで脅すだけのつもりであつたに過ぎないのであれば、スコツプを相手に見せその存在を誇示することにより、却つてその目的が充分達せられるはずであるに

も拘らず、被告人はスコツプを後に隠し持つて松本に近づいたのである。

このことは、仮に被告人がその際明瞭に自覚していなかつたとしても相手の不意をつく攻撃が可能であり本件のような殺人行為への発展の可能性を含んだ行為と考えられること。

3.被告人が松本の首にロープを巻きつける際には殺意のあつたことは被告人及び弁護人が自認しているところ、右スコツプにより松本を殴打したのはその直前の行為であり、右殴打とロープを巻きつける行為との間には松本が転倒したことの外に被告人の心理に影響を及ぼすような事実は生じていないこと。

4.犯行に使用した凶器がスコツプでありしかも松本に直接当つたのがスコツプの金属部分の凸面であつたこと、傷害の部位が顔面及び首筋であつたこと、死体の破損状況、被告人が頑健な体力の持主であること等に照らし致死の結果を生ずる高度の危険性を有するものであつたこと。

5.被告人は前記のようにスコツプで一回強打した後転倒した松本に対し更に首筋付近を数回殴打しており、行為が執拗であつたこと。

(二)  以上の各事実を綜合すれば、被告人は、松本をスコツプで殴打する際に既に松本を殺害し、同人から金員を強取しようとする意思を有していたものとする前記供述調書は信用できる。そして被告人が昭和五〇年三月九日に逮捕され同月一二日より勾留されており前記殺意を認めた各供述まで一〇日以上身柄を拘束されていたこと、被告人が本件犯行による精神的動揺のあつたことは推測に難くないが、これらのことだけで右認定を左右するものとは到底いえない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二四〇条後段に、判示第二の所為は同法一九〇条にそれぞれ該当するので判示第一の罪につき無期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、判示第一の罪について既に無期懲役刑を選択したので同法四六条二項本文により他の罪の刑を科さないこととし、後記の情状に照らし同法六六条、七一条、六八条二項により酌量減軽した刑期の範囲内で被告人を懲役一五年に処し同法二一条により未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、領置してある軽四輪自動車一台(八福島こ二四―四八)(昭和五〇年会津若松領第四七号符号二三)は判示第二の犯行に供したもので犯人以外の者に属さないものであるから同法一九条一項二号、二項本文により没収することとし、訴訟費用の負担については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

(量刑事情)

(一)  本件殺害行為は、九時間余に及ぶ松本との賭博に敗れ所持金全部をとられた被告人が、犯行当夜行われる無尽の掛金一〇、〇〇〇円の貸与を同人に拒否されたことを直接の契機として行われたもので格別計画的なものではないが、賭博という違法行為を行つたとはいえ被告人に金員貸与義務のない松本に対し、これを拒否されるや判示認定のように全く無抵抗な松本に対しいきなりスコツプで強打した後金員を強取し首にロープを二回巻きつけて絞殺したものであり、その犯行の態様は執拗かつ残虐であり被告人に本件殺害行為については同情の余地はない。しかも被告人は、本件犯行後無尽に参加し平常通り神指営業所に通勤し、被害者方家族、警察等に対しても容易に真実を述べず、逮捕勾留された後も当初は単に松本殺害の事実を認めたのみで、金員強取を自白するに至つたのは犯行後二〇日以上を経た三月二一日であつた。

これらの事実からすれば被告人の犯情は極めて悪いといわなければならない。

(二)  しかしながら、<1>被告人は、昭和三五年に屠殺法違反(所定場所外での屠殺)、昭和三八年に道路交通法違反でそれぞれ罰金刑に処せられた以外は何らの前科前歴を有せず、本件犯行前においては賭博好きであることを除けば日常の家庭生活や勤務状況に格別問題はなくむしろ気が小さく勤務態度も大旨良好であつたこと、<2>本件犯行は計画的なものではなくむしろ偶発的なものであり、本件犯行当時被告人は、気の強い妻に無尽の掛金の交付を請求できず、松本の外に金員借用方の心当りもなく金策に困窮していたと考えられること及び被告人は所持金六四、〇〇〇円全てをとられ興奮しており、松本が賭博中に二回程不正をしたと思込んでおり、同人には勝負がきたないとの風評もあつたこと、<3>被告人の家族が勾留中の被告人に代つて被害者方を訪れ、見舞金三〇万円を支払うなど極力被害者方家族の慰藉に努めていること、その他諸般の事情を考慮すれば主文の刑が相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

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